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(臨床経験)

 

escitalopramにより小児期発症流暢障害が軽症化する1例

 

                    toshichan-man*

 

 

 

抄録escitalopramにより小児期発症流暢障害が軽症化する1例を経験している。症例は28歳、男性、近親に小児期発症流暢障害はない。幼い頃からの吃音を両親から気付かれており、言語療法士の治療を受けてきたが無効であった。当院来院。薬物療法を開始。始めこそ一進一退であったが、paroxetineが奏効。症例の長年の吃音はほぼ無くなる。しかし、性機能障害を嫌い、自ら服用中止する。吃音は再燃したが、escitalopramで現在、吃音は十分に抑えられている。投与を中止すると再燃するため、escitalopramを継続投与中である。性機能障害が同じく出ているがsildenafilで対処している。

 

 

key words childhood-onset fluency disorder, escitalpram, paroxetine, sildenafil

 

   

1.はじめに 

 

 本邦では吃音とは、悪い癖あるいは悪い癖が定着したものと考えられる時代が長く続いている。吃音者と交わると吃音が移る、吃音の真似をすると吃音になる、という意見が蔓延っている。

 また、丹田呼吸法が小児期発症流暢障害の治療に最適とする考えが蔓延っている。大勢の人の前で演説をさせ、大きな効果が上がっていたともされてきた。このように未だに本邦では根性論とも言えるものが強く蔓延っている。

 

 

2.症例

 

〔症例〕28歳、男性(右利き)

(個人情報保護のため内容は少し変えてある)

家族歴:特記すべき事なし、親族に小児期発症流暢障害は居ない

既往歴:特記すべき事なし

 4、5歳頃には吃音に気付かれていた。言語療法士の治療を小学校入学後に受けたが、効果が無く1年で中止する。

 性格は真面目で素直、人懐っこい。人から好かれる性格である。

 中肉中背であり、学校の成績は余り芳しくなく、小学生中学生高校生時、吃音故の苛めを受けていた。高校卒業後、地元の親が親しい遠い親戚に当たる小さな自動車修理工場に就職(職業訓練校を経ずにそのまま就職)。就職して10年間、全く問題なく仕事を行ってきた(小さな修理工場のため苛めはなし)。

 28歳時、ネットで、小児期発症流暢障害はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)により治るという書き込みを見て来院。escitalopram 10mg/dayから開始。この量を1ヶ月服用し、多少の軽症化が見られたが、症例は更に良く効く薬剤を希望し、sertraline 2,4) に変薬。しかし、sertralineは全く効かず、悪化の傾向も見られたため1ヶ月で投薬中止。paroxetineに変薬。これが奏効し(34日で良く効いていることが自覚できたという)、軽症化を続け寛解と言って良いほどになる。

 副作用を最小限に抑えるためparoxetine 10mg/day という少量投与で続けていたが、性機能障害を嫌い、症例は自ら服用を中止する。中断症候群は現れなかったが、吃音は再燃する。escitalopramの再投与を行い吃音は再び軽症化する。これも服用を止めると吃音が再燃する傾向があるため、今もescitalopram 10mg/day投与を続けている。escitalopramにてもparoxetineと同じく性機能障害が出るが、sildenafilで対処している。症例は、性機能障害の強さはparoxetineescitalopramでは前者の方が強い、escitalopramの最初の投与のとき性機能障害は自覚しなかったと言う。

 

. 考察

 小児期発症流暢障害はほとんどが2~7歳で発現し、2~7歳発現の小児期発症流暢障害は75%程が何の治療を行わなくても思春期までに自然治癒してゆく。世界中に人種差、地域差無く遍満しており成人の1%程が罹患しているとされる。男性に多く男女比は4:1としている文献が多い。

 現在、小児期発症流暢障害は大脳基底核部の器質的機能的異常とされている。

 小児期発症流暢障害の治療法は小児期かつ軽症ならば言語療法士による治療が奏効することが多いが、年齢が上がるにつれ言語療法士による治療は効かなくなる。中学生以降には全く効かないと言って過言ではない。

 小児期発症流暢障害は遺伝性が高く、親が小児期発症流暢障害であれば子供が小児期発症流暢障害となる確率は一般の3倍になる3)

 最近、家系内多発例が世界中で幾多、見付かり、遺伝子座も決定された6)が、極めて激しい頭部打撲後・脳梗塞後11)に吃音が起こることも多く、吃音とは様々な原因により発症する一つの症候群という意見は揺るがない。

 欧米では薬物療法など積極的な治療が盛んに行われ、様々な知見がある。

 中でもparoxetineにより小児期発症流暢障害が寛解したという報告は比較的多い。強迫性障害の治療中、偶発的に小児期発症流暢障害が寛解したという一例報告であるが1,10)、二重盲検法でparoxetineの有効性を確かめた報告も存在する3)。また、頭部外傷など2次的に起こった流暢障害に対しても良好な結果を得ている12)。 このようにparoxetineは小児期発症流暢障害の治療薬としての地位を確立していると言って過言ではないかも知れない。少なくともparoxetineが奏効する小児期発症流暢障害は多いと考えられる。その作用機序は大脳基底核部の何らかの機能異常を是正するためと推測されているが、明確化されていない3)。効果は服用時に限られ、服用を中止すると再燃している。

 本症例ではescitalopram再投与にて吃音の再軽症化が起こったが、escitalopramの最初の投与の時、吃音は多少の軽症化のみであった。再投与にて十分な軽症化が起こったことはparoxetineにより吃音軽症化の下地が出来たため、と解釈せざるを得ない。

 paroxetineの副作用である性機能障害が本症例に於いて10mg/day という少量投与に於いても起こっていた。性機能障害はescitalopram 10mg/day という比較的少量投与に於いても起こっており、sildenafilを使用した。escitalopramの最初の投与の時、性機能障害は自覚されてなく、これも性機能障害の下地が出来たためと解釈して良いと思われる。

 

 

 

----今回、投稿にあたり、患者よりの同意を得ている----

 

COI:開示すべきCOI はない

 

   

【文献】

1) Boldrini M, Rossi M, Placidi GF : Paroxetine efficacy in stuttering treatment. Int J Neuropsychopharmacol, 6 ; 311-312, 2003.

2) Brewerton TD, Markowitz JS, Keller SG : Stuttering with sertraline. J Clin Psychiatry, 57 ; 90-91, 1996.

3) Busan P, Battaglini PP., Borelli M   et al. : Investigating the efficacy of paroxetine in developmental stuttering. Clin Neuropharmacol, 32 ;183-188, 2009.

4) Christensen RC,   Byerly MJ,   McElroy RA : A case of sertraline-induced stuttering.   J Clin Psychopharmacol   16 ; 92-93, 1996.

5) Costa D, Kroll R : Sertraline in stuttering. J Clin Psychopharmacol, 15 ; 443-444, 1995.

6) Gertz EM, Mundorff J, Lukong J, et al. : Linkage analysis of a large African family segregating stuttering suggests polygenic inheritance. Hum Genet, 132 ; 385-396, 2013.

7) Guthrie S, Grunhaus L : Fluoxetine-induced stuttering. J Clin Psychiatry, 51 ; 85, 1990.

8) Kumar A, Balan S : Fluoxetine for persistent developmental stuttering. Clin Neuropharmacol, 30 ; 58-59, 2007.

9) McCall WV : Sertraline-induced stuttering. J Clin Psychiatry, 55 ; 316. 1994.

10) Murray MG, Newman RM : Paroxetine for treatment of obssesive-compulsive disorder and comorbid stutteringAm J Psychiatry,  7 ; 1037, 1997.

11) Sahin HA, Krespi Y, Yilma Z : Stuttering due to ischemic stroke.  Behav Neurol, 16 : 37-39, 2005.

12) Schreiber S, Chaim G : Paroxetine for secondary stuttering: Further Interaction of Serotonin and Dopamine.  The Journal of Nervous & Mental Disease, 185 : 465-467, 1997.

 

 

 

Escitalopram efficacy in childhood-onset fluency disorder treatment : A case report.